耐震補強工事における我が教室の状況
 昨年以来、耐震補強工事で教室を移動するために2度ほど引越しました。その際には、電子計測機器を主体とした 実験機器の移動と設置でかなりの負担と消耗が強いられました。最近になり改装された実験室に移動して実験設備 を再設置・調整して一息ついた次第です。そして、晴天の西蔵王で学生諸君と大芋煮会を挙行し、教室の新装開業 を大いに祝ったのも束の間、教室と壁1枚隔てた区画で第三次耐震補強工事が開始されました。

 再び実験や論文作成が中断されることになりました。コンクリートを破砕するためにうなり続ける削岩機、窓枠を 打ち砕くための大鉄槌、重機のキャタピラ音。実弾こそ飛んでこないものの、栗林忠道中将のもと硫黄島の擂鉢山( 写真)地下壕で抗戦する守備兵と同様の状態に再度晒される事になりました。硫黄島戦において栗林忠道中将は圧 倒的兵力を持つ敵軍を前に、守備将兵に対して「敢闘の誓」を著し、「十人斃してこそ名誉の戦死である」と訴え ています。

 思えば、わが国の地方大学医学部の研究環境はインパール作戦、ぺリリュー島戦、硫黄島戦の状況と酷似している ように思えます。末端には糧秣や弾薬の供給が払底し、さらに熟練指揮官、現役兵の充足がなされず、机上の作戦 と精神論だけが横行した末期状態でした。現代でも資金不足から2流の実験を使い、定員削減の結果で研究者の熟 練度は低下し、しかも、しばしば学内外に勤労動員をかけられる状況で実働が妨げられる状態が続いています。我 が大学で生理学講座が1講座に削減されて以来、教室では上記状況が顕著に現れています。そして今、耐震補強工 事の激烈なる騒音と振動により栗林中将の戦訓を思い返すことができました。「耐震補強工事中に一人十篇論文を 書いてこそ研究者である」。
硫黄島擂鉢山
戦局最後ノ関頭ニ直面セリ 敵来攻以来 麾下将兵ノ敢闘ハ真ニ鬼神ヲ哭シムルモノアリ 特ニ想像ヲ越エタル 量的優勢ヲ以テスル陸海空ヨリノ攻撃ニ対シ 宛然徒手空拳ヲ以テ 克ク健闘ヲ続ケタルハ 小職自ラ聊カ悦ビトスル所ナリ
然レドモ 飽クナキ敵ノ猛攻ニ相次デ斃レ 為ニ御期待ニ反シ 此ノ要地ヲ敵手ニ委ヌル外ナキニ至リシハ  小職ノ誠ニ恐懼ニ堪ヘザル所ニシテ 幾重ニモ御詫申上グ 今ヤ弾丸尽キ水涸レ 全員反撃シ 最後ノ敢闘 ヲ行ハントスルニ方リ 熟々皇恩ヲ思ヒ 粉骨砕身モ亦悔イズ 特ニ本島ヲ奪還セザル限リ 皇土永遠ニ安カ ラザルニ思ヒ至リ 縦ヒ魂魄トナルモ 誓ツテ皇軍ノ捲土重来ノ魁タランコトヲ期ス 茲ニ最後ノ関頭ニ立チ  重ネテ衷情ヲ披瀝スルト共ニ 只管皇国ノ必勝ト安泰トヲ祈念シツツ 永ヘニ御別レ申シ上グ
日本人の先達が
どのように苦労し
どのように立派に生きたかを知り
学んで欲しいと思います

小室直樹
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平成21年10月28日 藤井 聡

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