生理学講座40年間のあゆみ
第一期(創設期)
 医学部生理学第二講座は昭和49年(1974年)4月1日に、東北大学医学部応用生理学教室から西山明徳先生を初代教授として迎え開設されました。 同年の9月に医学部基礎棟が完成し、11月には第1回生の入学試験が行われました。教室の開設・整備や生理学実習の準備が進められ、昭和50年 (1975年)4月から西山教授が講義を始め、7月から生理学実習を開始しました。

 初期のスタッフは、加藤和雄助手(昭和50年4月〜57年9月)と金子健也技官(昭和50年4月〜)です。次いで佐藤賢三先生が昭和52年(1977年) 1月から助教授として迎えられました。その後に小林正人研究生と鈴木安名助手が参加しました。

 講座開設当時の研究テーマは分泌腺の刺激―分泌関連のメカニズムに関するものでした。西山教授を中心に、唾液腺・膵外分泌腺について電気生 理学的な実験が行われました。佐藤助教授は汗腺を対象に研究を進めた結果、昭和53年(1978年)Iowa大学皮膚科に移動しました。入れ替わり に鈴木裕一先生が昭和54年(1979年)2月より助教授として赴任し、腸管のイオン輸送の機序についての研究を進めました。昭和56年(1981年) 8月に、西山明徳教授は東北大学第一生理学へ転出されて、講座開設後の約10年間にわたる創設期が終了しました。
第二期(神経生理学研究導入)
 昭和57年(1982年)7月に加藤宏司先生が秋田大学第一生理学講座より第二代教授として着任し、神経生理学研究が教室の研究テーマに加えられました。 加藤和雄助手が東北大学農学部に、鈴木安名助手が旭川医科大学内科に転出し、入れ替わりに昭和58年(1983年)4月に東北大学医学部脳研究施設より 宮川博義先生が、また昭和59年(1984年)4月に東京都立老人医学総合研究所より伊藤憲一先生が助手として着任しました。加藤教授、宮川助手、伊藤助 手は海馬スライスを用いて電気生理学的手法でニューロンの機能解析を行う手法を確立させ、さらに、神経細胞内カルシウム濃度計測に関する光学的測 定技術の開発に尽力し、数多くの研究業績を上げました。

 鈴木裕一助教授は平成5年(1993年)7月に静岡県立大学食品栄養学科生理学教室に教授として赴任し、宮川助手が助教授に昇任しました。平成6年(1994年) に宮川助教授は東京薬科大学生命科学部に移動し、伊藤助手が助教授に昇任しました。その空席に藤井聡、佐々木寛先生が助手に採用されました。その後8 年間は加藤教授、伊藤助教授、藤井助手、佐々木助手および金子技官が生理学第二講座スタッフとして、学生教育および研究活動に従事しました。伊藤助教授 、藤井助手、佐々木助手が国外留学を命じられて、各々海外での研究活動に従事して見聞を広め、帰国した後には、従来の集合電位測定法によるシナプス可塑 性の研究や神経細胞内カルシウム計測に加えて、パッチクランプ法による海馬ニューロンの機能解析技術の確立やげっ歯類の学習行動実験設備の構築など、 研究手法の大幅な拡充が図られました。

 同時期は東京大学医科学研究所・御子柴克彦教授(当時)、東京都神経科学総合研究所・黒田洋一郎博士(当時)、東京薬科大学東京薬科大学生命科学部・ 工藤佳久教授(当時)および宮川博義教授、玉川大学工学部・塚田稔教授(当時)および相原威教授、カリフォルニア大学アーヴァイン校澄川勝美博士など が主催する国内外の神経科学研究チームと積極的に共同研究を進め、記憶の分子メカニズムの研究に関して実績を積み重ねることができました。しかし、残 念なことに平成14年(2002年)3月に研究の中心的な存在であった伊藤助教授が逝去されました。その後、藤井助手が助教授へ昇任し、さらに、平成15年 (2003年)6月に山崎良彦先生が助手に採用されました。

 平成14年に大講座制への移行により、生理学第二講座は器官統御学講座内神経機能統御学分野に再編されました。また、同年3月に生理学第一講座土居勝彦 教授が退官され、翌平成15年には生理学第一講座は腫瘍分子医科学に改組され、生理学が一講座になり本学部において生理学教育の担当責任教室になりました。 その後、平成16年(2004年)4月に佐々木助手が玉川大学学術研究所・工学部に助教授として転出しました。平成19年 (2007年) 3月に加藤宏司教授が定年 退職されました。平成19年(2007年)4月から制度改正により、藤井助教授が准教授に、山崎助手が助教になりました。
第三期(再編期)
 本学部生理学講座が1講座に再編され、平成20年(2008年)3月に藤井准教授が再編された器官統御学講座内神経機能統御学分野の第三代教授に昇任しました。 旧第一生理学講座は初代望月政司教授が山形大学医学部創設時より担当された講座です。望月先生は平成26 年10 月24 日,92 歳にて逝去されました。望月先 生は大正11 年3 月に静岡市に生まれ,昭和20 年北海道帝国大学医学部をご卒業後,同大学医学部助手ならびに北海道大学電子科学研究所の前身である超短波 研究所助手になられました。昭和27 年には応用電気研究所助教授,昭和28 年から32 年までドイツGöttingen大学へ留学,帰国後応用電気研究所所長になられました。 昭和48 年からは新設医学部の基礎作りに請われて山形大学医学部へ転出し,一貫して呼吸生理学を専門とした教育研究に励まれました。昭和62 年に山形大学 を定年退職,退職後は札幌の西円山病院老人呼吸生理センター長を務められ,生涯に亘って呼吸生理学の研究を続けてこられました。第2代教授は望月先生の 教室で長年にわたり助教授として望月先生を支えられた土井勝彦先生が昭和62年から平成14年まで担当されました。この二つの講座が生理学講座として再 編され、平成20年4月より旧第一生理学講座の高橋英嗣准教授が所属となり、さらに山崎良彦助教が准教授に昇任しました。平成20年(2008年)10月に玉川大 学脳科学研究所より藤原浩樹先生が助教として着任しました。

 平成21年(2009年)4月に神経機能統御学分野は改組されて生理学講座となりました。平成22年(2010年)2月に高橋准教授が佐賀大学大学院工学系研究科先端融 合工学専攻医工学コース 教授として転出しました。同年4月に理化学研究所より後藤純一先生が助教として着任し、現在のメンバーに至っています。現在の生理 学講座のスタッフは、藤井聡教授、山崎良彦准教授、藤原浩樹助教、後藤純一助教、金子健也専門職員、および非常勤職員として事務や研究補助を担当する上野 幸子氏です。

 平成28年(2016年)現在の教室の研究テーマは神経生理学、ことに哺乳動物の脳のニューロンおよびグリア細胞機能に関する研究、シナプス可塑性メカニ ズムに関する研究、行動学習実験を通じての記憶形成のメカニズムに関する研究、です。げっ歯類の海馬および小脳スライス標本を主に用い、電気生理学的な方 法によって、ニューロンシナプスの長期増強long-term potentiation, LTP、脱長期増強depotentiation, DP、長期増強誘導抑制suppression of LTP induction およびこれら可塑性メカニズムにおいてのニューロンとグリア細胞の相互作用を中心に研究しています。得られた結果をもとに、ニューロンおよびグリア細胞機 能が記憶や学習にどのように関与するか、動物の行動実験により検証することで、分子レベルから個体レベルまでの脳機能の解明を試みています。さらに、学内 および他研究施設と共同し、てんかんや先天性神経疾患をモデルとした遺伝子改変動物のニューロンおよびグリア機能を解析するなど、疾患の病態生理を研究し ています。

 西山教授の創設期以来平成27年度(2015年度)までに、第二生理学・神経機能統御学・生理学講座で研究した大学院生は35名で、研究生と客員研究員(主として 外国人研究者)は15名です。本教室で実験・研究をして42名が医学博士の学位を取得しています。平成28年度までの研究活動の結果、原著220(160) 編、著書およ び教科書54(22)編などが生み出されました(括弧内は英文発表)。
追記
 木下恵介監督作品映画で「二十四の瞳(原作:壷井栄)」という名画があります。約80年前の風光明媚な小豆島を舞台に、 大石久子先生(高峰秀子)が12人の男女学童の成長を見守る物語です。その映画の冒頭で小学生が文部省唱歌である 「村の鍛冶屋」を歌いながら、行進しているシーンがあります。文部省唱歌である「「仰げば尊し」が歌われ、教師に 感謝を奉げているシーンがあります。
 私たち生理学講座は研究と教育を通じて社会に奉仕することをめざしています。そのなかで、研究における私たちの日 ごろの努力は論文として世に発表して真価を問うことで結実する、と信じています。私たち生理学講座スタッフも 「村の鍛冶屋」の歌詞にあるように、「鐵より硬しと誇れる腕に勝りて堅きは彼が心」でありたいと願っております。 研究においての生理学実験技術および実験結果をもとにした考察方法など、生理学における「学問」は一朝一夕に 得られるものではなく、偏に生理学講座の先人たちの努力の賜物と感謝いたします。この場をお借りしまして、 私たちの学問の師である故西山明徳教授および加藤宏司教授に深甚なる感謝を申し上げる次第です。

平成28年 7月22日
藤井 聡

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