日暮れて道遠し
(To remain still unsettled)

“I've been thinking this day won't come forever, but the day has come...”
  長年にわたる大学での研究生活で、明日があると思い先送りにすることが数々ありました。 その先送りの結果、できなかったことが多々あります。力があるうちに進ませて置けばよかった、 そう思うことが多々あります。そして、その付けを払う段になってうえのようにつぶやく日が近いのではないかと恐れています。

 【日暮れて道遠し】日が暮れてしまったのに、前途はまだまだ長いという意味から、 目的を達成していないのに年老いてしまったこと。 または、期限が迫っているのにやるべき仕事を終わらせていないことをいう。 春秋時代後期、伍子胥は楚の平王への報復を心に誓った。 平王の墓をあばいて掘り出した死骸を鞭打って恨みを晴らした伍子胥を見て、知人の申包胥はそのやり方を非難した。 それに対して伍子胥が言った「吾日暮れて途遠し。吾、故に倒行して之を逆施す(私は年老いてなおなるべきことが多い。 だから道理など考える暇はなかったのだ」という言葉に基づく。出典は【史記】。
  鹿児島開聞岳の日暮れ

平成28年 7月21日
藤井 聡

過去の教授挨拶

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