眼科疾患のプラスミン療法について

 順天堂大学の田中教授と山形大学の一瀬教授の共同研究グループは、我が国で初めてプラスミンという酵素を用いた硝子体切除(剥離術)を行なった。これは、物理的な外力(吸引)を加える従来の手術法に比べて、出血、網膜損傷の危険や副作用の少ない画期的な方法であり、ガスを注入した術後の長期間にわたる頭位保持も不要であるので、患者さんの苦痛や負担は大幅に軽減する。従って、年間数万人の発症があるという糖尿病性網膜症の患者さんにとって大きな福音となろう。また、特発性黄斑穿孔症や外傷性黄斑穿孔の治療にも極めて有用であることも確かめられた。今後このプラスミン療法が普及するためには酵素製剤の開発が不可欠であるが、それが実現すれば短時間の外来治療で可能になるので、医療経済上のメリットも大きいと期待される。(平成14年5月23日付け各新聞記事の要約)

 *、本治療法に興味のある方は、順天堂大学浦安病院 眼科 田中 稔 教授に御相談下さい。連絡先TEL:0473−53−3111(眼科医局)

 線溶系酵素プラスミン・プラスミノーゲンに興味のある方は、日本血栓止血学会の用語集を御覧下さい。(臨床的な事柄は順天堂大学の田中教授が、基礎的な事柄は山形大学の一瀬教授が担当です。)

 

順天堂大学浦安病院 眼科 田中 稔 教授の話

 Pharmacological Vitrectomy

 Pharmacological Vitrectomyの現在の目的は、硝子体の液化もしくは後部硝子体剥離を酵素を用いて作成し、手術をせずとも、もしくは手術をより容易に行うために用いる手技であり、患者さんにとっても、また、医療経済上もメリットがあると思います。これまでに研究されてきた酵素には、コラゲナーゼ、ヒアルロニダーゼ、コンドロイチナーゼ、プラスミン、ディスパーゼ等があります。硝子体液化については、海外ではヒアルロニダーゼ(Vitraseィ)が臨床応用されFDAの認可がおり、我が国でも臨床治験がはじめられると思います。今回のセミナーの主題は、線溶系酵素即ちプラスミノーゲン、プラスミン系を用いた後部硝子体剥離作成の臨床応用です。

 本日はまず線溶系の研究の世界的権威である一瀬白帝教授に、プラスミノーゲン、プラスミン系の基礎、そして後部硝子体剥離の場となる網膜硝子体界面に存在するラミニンやフィブロネクチンとの反応等について、また、如何に高品位のプラスミンやプラスミノーゲンを作成するか、技術面でもお話しいただきます。また、リコンビナントの可能性についてもお話しいただきます。次いで佐久間先生は、硝子体手術を多数手掛ける一方、一瀬教授の下でプラスミンの自己血からの抽出を正しく学び、様々な問題点を解決しつつ臨床応用への試みをスタートしました。特に我が国での実際の臨床応用に向けて行ってきたこと、特に動物実験、浦安病院眼科内での設備、滅菌法、倫理委員会での認可、インフォームドコンセント、そして臨床例の結果について報告してもらいます。岩崎琢也先生は硝子体手術のボリュームサージャンであると同時に、以前からすでに組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)の臨床応用をされております。tPAの有用性と使用上の注意点について適応も含めお話いただけます。

 我が国におけるPharmacological Vitrectomyの第一歩ですが、これからもこの問題点に興味のある諸先生と一緒に勉強していきたいと思います。この線溶系を主体としたPharmacological Vitrectomyのセミナーが実り多きものとなることと確信します。

 

山形大学医学部 分子病態学講座 一瀬白帝 教授の話

 線溶系酵素プラスミン・プラスミノーゲンの分子病態学

 ヒトの歴史は「飢餓と怪我との戦い」でした。従って、出血に対しては、内因系、外因系の重層的な凝固反応機構が備わっています。凝固反応の結果生成した血栓も早晩溶かされます。この線溶系反応の中心である酵素がプラスミンであり、内因系、外因系でそれぞれウロキナーゼ、組織プラスミノーゲンアクチベーター(tPA)によって前駆体蛋白質プラスミノーゲンが活性化されて生じます。

 プラスミノーゲンには、多くの相同遺伝子が存在します。その内、アポリポ蛋白質(a)は、プラスミノーゲンのフィブリンへの結合を競合するので抗線溶能があり、動脈硬化と血栓症に関係しています。プラスミノーゲンは、N末側に活性化ペプチド、クリングル1〜5ドメインからなるA鎖と、C末側にセリン型蛋白質分解酵素ドメインからなるB鎖を持っています。クリングルとは、プレッチェルを大きくしたような形のデンマークのパン菓子です。この構造がフィブリンとの結合部位です。

 プラスミノーゲンは、種々の眼科疾患と関係しているようです。私達がプラスミノーゲン仙台と名付けた分子異常症は網脈絡膜循環障害の症例でしたし、ドイツのプラスミノーゲン欠損症の症例は、木質性(偽膜性)結膜炎が主症状です。また、前述したアポリポ蛋白質(a)の血中濃度は、網膜中心動脈閉塞症で有意に高いことが分かっています。

 さて、プラスミンが切断するLys残基は極めて多くの蛋白質でも分子の表面に存在しますから、それらの蛋白質もプラスミンの基質となって、分子内のペプチド結合が切断され得ることになります。例えば、プロコラゲナーゼ等の細胞外マトリックスメタロプロテアーゼは、プラスミンによって限定分解されて活性化され、コラゲナーゼになります。また、今日の主役である硝子体にも存在するマトリックス蛋白質ラミニンやフィブロネクチンもプラスミンによって分解されます。このことが、次ぎの演者である佐久間先生が、硝子体剥離術にプラスミン療法を応用している理由です。最後の演者である岩崎先生は、tPAを使用されているそうです。この場合は、内因的に存在するプラスミノーゲンを外来性のtPAによって活性化してプラスミンとして作用させることが、その原理です。プラスミン療法はその投与量を加減できますが、tPA療法は内因性プラスミノーゲンの量に応じて生成するプラスミン量も左右される可能性があるので、その点についても興味を持ってお話を伺いたいと思います。