2学年 病理病態学実習の手引き(遺伝子塩基配列解析)

【 目的 】

 DNA (deoxyribonucleic acid; デオキシリボ核酸) は、アデニン(A)、チミン(T)、シトシン(C)、グアニン(G)がそれぞれに結合した4種類のデオキシリボヌクレオチド3リン酸 (dNTP; N=A, T, C, G) で構成され、これらの並び方 (塩基配列) により、生体内で重要な役割を担う個々のタンパク質の構造 (アミノ酸配列) と発現調節が決定される。遺伝子上の塩基配列がたった1塩基異なるだけでも (遺伝子変異)、その遺伝子がコードするタンパク質の機能、あるいは発現に大きく影響を及ぼして、重篤な疾患につながる場合が少なくない。本実習では、先天性疾患の遺伝子解析を通じて、現今の分子病態学的解析の基本的手法である Polymerase Chain Reaction (PCR) 法と塩基配列解析法 (DNA sequencing) を実地に経験し、その原理と有用性を理解するとともに、塩基配列の重要性について深く考察する。

【 概要 】

 疾患の遺伝子解析にあたっての第一段階は、原因となる候補遺伝子を特定することである。症状・検査所見などから原因遺伝子が限定できる場合と (ファンクショナルクローニング)、遺伝子マッピングによる遺伝子座位から候補遺伝子を特定する場合とがある (ポジショナルクローニング)。

 続いて、患者における候補遺伝子の遺伝子変異の検索を行う。患者組織(末梢血など)からゲノムDNAあるいはmRNAを調製し、目的とする候補遺伝子をPCRにより増幅するか、もしくはファージベクターなどを用いて作成したライブラリからクローニングする。続いて、得られた目的遺伝子のDNA断片について、塩基配列を決定する。塩基配列を決定する手法としては、標識したDNA断片を任意の塩基で化学的に切断する方法 (Maxam-Gilbert 法) と、DNAポリメラーゼを用いて試験管内でDNA鎖を合成する方法 (サンガー法) とがあり、いずれも、一方の末端を同じくし、他方が特定の塩基で終結した、一塩基ずつ異なる長さのDNA断片を調製するものである。電気泳動によりそれぞれのDNA断片を分離し、大きさの順に並べることで、塩基配列が決定される。

 患者遺伝子における正常配列との違いが病因変異であるか、塩基配列の個人差 (遺伝子多型) であるかを判断する手段として、変異遺伝子を発現させて、その発現産物の生合成・機能への影響を調べるのが直接的な証明方法であるが、全くの健常人集団 (n≧100) での変異の有無を調べることも、有力な情報となる。PCR-RFLP (Restriction Fragment Length Polymorphism) は、既知の変異の有無を検索する手法の一つである。制限酵素が特定のDNA塩基配列のみを認識・切断することを利用し (実習III 核酸を参照)、特異的プライマーを用いて各検体からPCR増幅したDNA断片 (変異箇所を含む) を制限酵素で処理して、切断の有無によって変異を検出する。

 本実習では、まず、ある疾患患者から不明の候補遺伝子を特定したものと仮定して、患者遺伝子の塩基配列をサンガー法により決定する。続いて、決定した配列と遺伝子データベースとの相同性検索を行い、その遺伝子が何の遺伝子であるかと、患者における遺伝子変異を同定する (アミノ酸配列の変化もあわせて調べる)。最後に、PCR-RFLPを行って、患者において同定した変異の存在を確認する。

【 注意事項 】

 非常に微量の検体を用いて高感度な検出を行うため、サンプルどうしの混合あるいは不純物の混入は解析結果に著しく影響する。これを防ぐために、操作の際は必ず白衣およびゴム手袋を着用すること。ピペット操作を正しく行い、検体・試薬ごとにチップを交換すること。また、高熱を発するサーマルサイクラーおよび高速で回転する遠心分離器には十分注意すること。万一、事故が発生した場合は、速やかに指導教官に報告して適切な処置をとること。

 実験室内での飲食および喫煙は厳禁とする。

【 実習内容 1.塩基配列決定 】

[ 第1日目 DNAシーケンス反応と自動DNAシークエンサーによる解析 ]

(1)各実習グループを4〜5名の小グループ×6に分ける。以下の操作は各小グループごとに行う。

    (2)0.6 ml エッペンドルフ試験管の蓋に、各小グループの番号を記入する。

    (3)エッペンドルフ試験管に滅菌蒸留水を4μl(p-20 ピペットマン+黄チップ)、シーケンス反応混合液を8μl(p-20 ピペットマン+黄チップ)、各小グループごとに指定されたシーケンス用プライマーを4μl(p-20 ピペットマン+黄チップ)を入れる。

    (4)各小グループごとに指定された患者DNAを4μl(p-20 ピペットマン+黄チップ)入れ、よく混合する。

    (5)ミネラルオイルを2〜3滴(p-200 ピペットマン+黄チップ)上記の反応混合液に重層する。

    (6)各エッペンドルフ試験管をサーマルサイクラー(PCRマシーン)にセットし、以下の反応を行う。

      熱変性反応:     96℃ 30秒

      プライマー結合反応: 50℃ 30秒  × 25サイクル

      DNA重合反応:    60℃  4分

    (7)1.5 ml チューブを用意し、蓋に各小グループの番号を記入する。

    (8)(7)の各チューブに3M酢酸ナトリウム溶液を 10μl 、99%エタノールを 300 μl入れる。

    (9)反応が終了した(6)のチューブに滅菌蒸留水を 80 μl を入れ、さらに 100 μl のクロロホルムを加えて良く撹拌し、12,000回転で1分間遠心する。

    (10)上層(水層)を(8)のチューブに移して良く混ぜ、氷上にて10分間静置する。

    (11)12,000回転で15分間遠心する。

    (12)上清を捨て、300 μlの70%エタノールを入れる。

    (13)12,000回転で5分間遠心する。

    (14)上清を捨てて、吸引真空下で沈澱物を乾燥させる。

    (15)各検体に25 μlのサンプル溶液を加えてボルテックスミキサーでよく撹拌する。

    (16)96℃で2分間加温した後、素早く氷上に置いて急冷する。

    (17)サンプルを所定のチューブに移し、蓋をする。

    (18)自動塩基配列解析装置(310ジェネティックアナライザー)にセットし、解析を開始する。

     

    [ 第2日目 塩基配列のデータベース検索と遺伝子変異の同定 ]

    (1)第1日目の解析結果の入ったフロッピーを受け取り、各グループごとに一台ずつコンピュータの電源を入れる。

    (2)'EditView'を起動、フロッピーディスクを挿入して、解析結果のファイルを開く。

    (3)塩基配列が解析されているか確認する。

    (4)遺伝子配列解析ソフト'GENETYX-MAC'を起動する。

    (5)'File'メニューの'open sequence'を選択、'デスクトップ'ボタンをクリック、フロッピーディスクを選択して、解析結果のファイルを開く。

    (6)'Nucleotide'メニューから'Search Homology'を選択し、'Remove all'ボタンをクリックする。

    (7)'Desktop'ボタンをクリック、'DB'フォルダをダブルクリックする。

    (8)'Add All'を押した後、'Done'をクリックする。

    (9)現れたウインドウの'OK'ボタンをクリックして、相同性解析を開始する。

    (10)相同性解析結果から、何の遺伝子であるかを同定する。

    (11)患者DNAから得られた塩基配列をデータベース上の配列と比較し、塩基配列の変異を同定する。

    (12)'File'メニュー 'Open Sequence'を選択、'デスクトップ'ボタンを押して、'DB'フォルダを開く。

    (13)同定した遺伝子のファイルを開く。

    (14)'Nucleotide'メニューから'Translate to AA...'を選択する。

    (15)'Add'ボタンを押して、'OK'をクリックし、アミノ酸配列を推定する。

    (16)患者配列上の変異によるアミノ酸配列の変化について考察する。

     

    【 実習内容 2.PCR-RFLP解析 】

    (1)0.6 ml チューブを2本用意して、グループの番号と、一方に'N'、もう一方に'P'と記載する。

    (2)以下のものをそれぞれのチューブに入れる。

      滅菌蒸留水      22μl

      10×PCRバッファー   5μl

      dNTPミックス      5μl

      5'-プライマー      5μl

      3'-プライマー      5μl

      Taq DNAポリメラーゼ  5μl

    (3)'N'のチューブに正常DNAを、'P'のチューブに患者DNAをそれぞれ4μlずつ入れてよく混和する。

    (4)ミネラルオイルを上記反応液 30μl 重層する。

    (5)サーマルサイクラーで、以下の条件で反応を開始する。

      熱変性反応:     96℃ 30秒

      プライマー結合反応: 50℃ 30秒  × 25サイクル

      DNA重合反応:    72℃ 30秒

    (6)反応終了後、新しい0.6 ml チューブを4本用意する。2本を制限酵素未消化用(A)、2本を制限酵素消化用(B)とし、それぞれに以下のものを入れる。

                             (A)   (B)

      滅菌蒸留水                  10μl   8μl

      10x 反応バッファー (各グループ指定のもの)   2μl   2μl

      制限酵素 (各グループ指定のもの)         −   2μl

      (5)が終了したPCR反応液 (NもしくはP)      8μl   8μl

    (7)よく混ぜて、各グループに指定の温度で1時間インキュベートする。

    (8)それぞれのチューブに電気泳動用色素液を4μl加えて良く混ぜる。

    (9)アガロースゲルのサンプル用穴に各サンプル10μlずつアプライし、100Vで40分間泳動する。

    (10)UV光照射下で写真撮影する。

 

    【 レポートの提出 】

     レポートは実習後1週間以内に血液・循環分子病態学分野の資料室まで提出すること。未提出の者は学科試験の受験を認めない。レポートはワードプロセッサーを用いて作製することが望ましいが、やむを得ない場合は手書きでも構わない。いずれの場合も用紙はA4を使用し、5枚以内(表紙を除く)にまとめること。

     レポートは(1)実験の目的と概要、(2)実験操作、(3)結果、(4)考察の順でわかりやすく書くこと。実験操作については適当に簡略化して差し支えない。実験の概要では塩基配列決定法(サンガー法)とPCRの原理について述べよ。また、下記の点について考察せよ。

    i)各グループが解析した遺伝子の機能(生理的な役割)について。

     (その遺伝子が欠損した場合にどのような症状がおこると考えられるか)

    ii)各グルーブで同定した遺伝子変異が蛋白質の構造と機能にもたらす変化について。

 

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